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消えた石標を探せ!「宝山寺参りと庄兵衛道」

      2015/04/03

昭和62年に刊行された「古道に残る信仰の道 宝山寺」によると、宝山寺参りの古参道は、正面・辻子越・荒池八丁門峠越の三参道とのこと。いずれの参道も鉄道の開通により利用者が激減し、今日に至っているようです。

これら三参道のうち、辻子越の大阪側は辻子谷ハイキングコースとして広く利用されており、休日には家族連れのハイカーがチラホラ。

ケーブルなどの交通手段の無いことが幸いしたのでしょう。生駒山上に至る途中の興法寺は桜の名所で、新緑シーズンもまた風情があります。奈良県側の廃道区間である宝山寺から生駒経塚ルートを歩いてみました。恐らく三参道で最も通行が困難であると予想されるルートです。

2014/03/23 生駒山系・「宝山寺参詣道・辻子越道~高尾渓~長尾の滝」



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途中でルートを見失いかけましたが、なんとか踏破できたと思います。
ルート途上の石畳や休場などの茶屋跡の石垣等、往時を忍ばせる遺構がたくさん残っていました。

三参道以外のルートとして暗峠からの参道・菜畑参道・庄兵ェ道が紹介されています。
このうち庄兵ェ道は石標の写真付きでルートマップが付されており興味を惹きました。

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『古道に残る信仰の道・宝山寺』付2庄兵ェ道 より抜粋。

庄兵ェ道は、平成8年刊行の「新ハイキング関西の山・第29号」において「宝山寺と千光寺を結ぶ行者道」という副題にて紹介されている庄兵衛道(著者:柴田昭彦氏)のことで、氏の手書きマップを元に昨年3度足を踏み入れています。

map01
新ハイキング関西の山・第29号より抜粋。

両者を比較すると微妙な違いがわかります。
国道308号線の北側にあった石標2及び3は平成8年頃には消失しています。
三回のヤマレコを元に石標のオリジナルマップを作成しました。
国道308号以南で最初の石標を石標4として、以降順番に番号を付しています。

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黄線が大まかなルート。青下線が石標の位置

ちなみに、庄兵衛道を歩いた昨年(2013年)のヤマレコです。

2013/10/13 生駒山系・「摂河泉コース~暗峠・鳴川峠~庄兵衛道・幡掛山(向井山)」


石標11から石標7まで確認、その後途中撤退。

2013/11/16 生駒山系・「四条道~紅葉の大原山~幡掛山(向井山)・庄兵衛道の下見~慈光寺」


石標7から石標5,4と確認。堰堤ルートを未通過。

2013/12/5 生駒山系・「生駒山~旧鶴林寺~暗峠越宝山寺旧参道~庄兵衛道探索」


暗峠からの参道の踏破と堰堤ルートを確認。
※石標の番号はオリジナルマップに準じています。

map05
石標Aと石標B

昭和62年でも平成8年版にも登場しない2つの石標が存在します。
柴田氏のマップと比較するため、それらを石標A・石標Bとしました。
石標8と石標9の間に存在します。

それでは、写真で見てみましょう。
千光寺から順番に北へ宝山寺に向かって見て行きます。

石標11
石標11 千光寺門前の石標です。

石標10
石標10 千光寺の山門から右手に進んで最初の分岐にあります。正面は行場へのルート。

石標9
石標9 舗装路と農道の分岐にあります。真っ直ぐ行くと鳴川墓地に出ます。

石標B
石標B 新しく設置されたと思われる石標

石標A
石標A 倒れていますが、これも上記同様の石標です。

石標8
石標8 鳴川墓地との分岐点に立つ石標。「すぐ」の文字が特徴的です。

石標7
石標7 神武顕彰碑の尾根に立つ石標です。

石標5
石標5 昭和62年当時は存在していなかったのかもしれない石標です。
倒れていますが、分岐点で右手の下り道は藤尾水源池に通じています。

石標6は未確認なので飛ばしました。

石標4
石標4

分かりにくいですが、3方向に分岐する地点です。一番左のルートが最も明瞭で、手打ちうどんの風舞さんの駐車場へ通じるルート。真ん中のルートはテープのマーキングがあり、古道の続きですが堰堤へ一旦下り水路沿いに進みます。堰堤から古道は消失していて迂回路を進みます。右手も結構明瞭ですが、途中から曖昧になります。どこに出るかは不明。

昭和62年と平成8年に登場しない石標を確認しましたが、当時に存在した石標6が未確認です。見落としているのかもしれません。大体の場所はわかっています。

map04
石標6の推測場所

石標5に至る前の谷筋を越える辺だと思います。昨年11月16日に歩いた時は、ルートを見失いかけて田んぼ跡のあぜ道をウロウロしました。テープを発見してから急ぎ足で進んだので、気が付かなかったのかもしれません。
石標6の場所
石標6があるはずの場所。

それとも消失しているのでしょうか。消失の可能性は十分あります。
事実昭和62年当時に存在していた石標2が平成8年には消失していました。

石標3は昭和50年頃まで存在していたらしい。
石標4から先の堰堤ルートの通過についても少し納得の行かない部分もあります。

暑くなる前に再トライして、石標6が存在するのか否かを確かめたいと思います。

石標1
庄兵衛道の起点・石標1(2014年2月23日撮影)

では、また。

 - 庄兵衛道 ,

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Comment

  1. zibago より:

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    ずいぶん昔に庄兵衛道を探索したレポートが、紹介、引用されていることを知り、驚きました。当時、すでに、竹林のあたりは廃道寸前で、それでも何とか通過することはできたので、現代では、通過できなくなっていることも納得できます。過去の記録を残しておいたことで、現状との比較ができるということは、少しでも意義があったのでしょうか。なつかしく3つの記事を読みました。なお、私の名前が「明彦」になっていましたので、「昭彦」に訂正いただけたらと思います。記事の引用で確認できるとは思いますが、念のため、よろしくお願いします。

  2. Juantonto より:

    SECRET: 0
    PASS:
    先生、お早うございます。
    氏名誤記の件、大変申し訳ございませんでした。
    修正いたしました。
    他の記事や、ヤマレコなども直ちに見なおして、
    修正箇所の有無を確認致します。
    まさか、先生ご本人から拙ブログにコメントを
    頂戴できるとは思いませんでした。
    大変感激しております。
    記事引用についても、お差し支えがあればご指摘ください。
    直ちに削除などの対応致します。
    先生の新ハイの記事は私にとってはバイブルです。
    よって、忠実にトレースすることに執着しています。
    なかなか難しいですが。。。
    庄兵衛道では、先生が発見された石標6が見つかりません。
    消失したものと諦めていますが、大変残念ですね。
    「新しいモノほど古くなり、古いモノほど新しい。」
    先生の記事で得た教訓です。

  3. zibago より:

    SECRET: 0
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    道がはっきりしない地域について、必ず心がけていたのが、地方自治体の地図の収集と、関連資料集めでした。付近の道は不明瞭で、国土地理院の地図の山道がでたらめに近いことから、なおさら、詳しいルート地図が必要でした。それでも廃道になることも多く、この探索地域は苦労した記憶があります。昔の人々の利用した古道が埋もれてゆくとき、それを発掘するのは、苦労が多いですが、それに増して余りある感動がありますね。今後も、いろいろな探索に精進なさってください。私のほうはホームページ「ものがたり通信」で雑多な発信をしています。最近は、六甲山地をフィールドに、いろいろ探索活動を楽しんでいます。

  4. zibago より:

    SECRET: 0
    PASS:
    新ハイキング関西の拙稿・地図の引用についてはかまいません。今となっては、一般の方の目にふれることも稀でしょうから、むしろ、引用して紹介してもらうほうがありがたいです。庄兵衛道の紹介など、場合によっては、全文の引用のほうが参考になるかもしれません。お任せします。

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