ふぁんトントのブログ

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庄兵衛道北側ルート探索(後編)

      2015/04/03

04
教弘寺

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教弘寺に到着しました。
無住のお寺だそうですが、管理はされているようでした。

一時期、一代限りと言う条件で、朝鮮寺があったようです。
現在では、取り壊されて本堂裏の滝行場がその名残でしょう。

本堂前の灯籠一対は紀年元禄四年となっています。
桐と菊の紋、そして動物が浮き彫りにされています。

01
五輪塔

柵で囲んであります。

02
五輪塔台座

正慶二年の紀年で、大和竜田村とあります。

03
十三重の層塔

鎌倉時代末期と推測されていますが、紀年はありません。

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行者像龕仏

これは必見です。生駒市内で最古の行者像だそうです。
紀年は天正六年です。

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行者像龕仏(下部)

石龕の中央に行者、両側の足元に前鬼と後鬼。
下駄で踏みつけておられます。

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行者像龕仏(全体)

ここは、間違いなく庄兵衛道のハイライトです。

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ルート

いよいよ鶴林寺まで通します。
層塔の横から山道が続いていました。

マップ2
マップ2

後半のチェックポイント3箇所です。
ほとんどルートミスです。
(ポイントD、E、F)

09
ルート

最初は良い感じの山道でした。

10
ルート

道も広いし、歩きやすい。
ちょっと油断しましたね。

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ルート

竹林になり、急激に下っていきます。
ただ、前方に建物とか見えるので、どんどん下りました。

12
ルート

竹林が荒れてきました。
なんかおかしい。踏み跡はあります。
筍採りの踏み跡かも。

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竹林

前方は開けていますが、雑草は膝下の高さ。
足元は全く見えません。

14
竹林

恐らく車道まで5mもありません。
前方の広場には、JR貨物のコンテナが見えました。
強引に突っ切ることを試みましたが、
足元が見えず、大きな石がゴロゴロしています。
かなり不安定な場所でした。

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出口

結局、撤退して崖のような斜面を滑り降りながら、
竹や笹と格闘して、やっとこさでここへ出ました。

マップ2のポイントDです。
ログを見ても、ほとんど車道に近づいています。
そこから東へ迷走してかなり下へ出ました。
コンテナが見えた場所のマークは撤去しています。
登り返して出口付近を探りました。

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コンテナ広場

竹林から見えたコンテナです。
接続部が確認できませんでした
この広場を横切って向こう側へ。

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車道

ポイントEを通過しました。
道はありましたが、庄兵衛道ではありません。

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これが、庄兵衛道の続きでした。
猪避けの柵がありますので、迂回が必要です。

19
ルート

池の出口向かい側に、ルートの続きがあり、
マーキングテープ発見。
今にも剥がれそうです。

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マーキング

たまらず補修しました。白しか持ってなかったので、
次回行った時にでも、赤テープで巻いておきます。

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ルート

猪のワナが仕掛けてありました。

22
ルート

またルートミスですね。
意外に明瞭な道なので、つい間違えました。
民家の裏庭に通じているようです。
マップ2のポイントF地点です。
東方向に下らず、ほぼ真南に進んでください。

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ルート

ルートに復帰しました。
良い感じの山道です。

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出口

ここから出てきました。
境内の真横ではありませんでした。

25
鶴林寺

元禄時代の灯籠です。
横の水道で顔と手を洗いました。

26
鶴林寺

中央の板碑が永禄名号板碑です。
休憩後は、鬼取墓地に向かいました。

27
出迎地蔵

紀年不明の地蔵立像です。

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鬼取墓地

フェンスのゲートを開けて奥まで入ると、
そこは石造物の宝庫。無数の石仏が鎮座していました。
右から二番目に十三仏種子板碑が確認できます。
他にも一石五輪、宝塔印塔板碑、種子阿弥陀仏三尊板碑など
珍しい石仏が大集合していました。
ここ鬼取墓地は小倉山とも呼ばれているようです。

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鶴林寺

鶴林寺まで戻って、道標を確認。
生駒の古道でも紹介されています。

右宝山寺
鬼取山鶴林寺
左闇峠道

江戸期の道標ですが、紀年はありません。
庄兵衛道の道標とは異なります。

31
道標②

この辻の東北隅に、庄兵衛道の道標②がありました。
道路舗装工事の際に抜いた道標が平成の初め頃に、
確認されていたとのことです。

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道標③

この辻に昭和50年頃に転倒している道標が目撃されています。
その後は行方不明とのことです。

ここで、北側ルートの探索は終了です。
やっぱり一回では終わりませんでした。
教弘寺~鶴林寺のルートを再探索です。

今年中には、宝山寺から千光寺を通したいと思っています。
さらには、中腹の参詣道をつないで信貴山まで。

では、また。
(2014.07.30歩く)

 - 庄兵衛道 ,

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Comment

  1. jack77betty より:

    SECRET: 0
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    ふぁんトントさん、こんばんは。
    庄兵衛道レポート楽しく読ませていただきました。ありがとうございました。
    >五輪塔台座
    >正慶二年の記銘で、大和竜田村とあります。
    さて、ネットでは「境内裏の小倉山は『新古今和歌集』所収の藤原定家の歌「しら雲の春はかさねて立田山をぐらのみねに花にほふらし」に詠まれています。」との解説を見かけます。
    この歌の「をぐらのみね」が、正しくここ(小倉山教弘寺裏山)に比定されるのかどうか浅学にして存じませんが、少なくとも地元では(我田引水にせよ)そういう説が信じられていた可能性は十分あると思います。昔(平安鎌倉室町期)の人の歌枕信仰(あるいは憧れ)というのは大変なものだったようですから、この歌の縁で立田山の地元有力者が、わざわざこの地を選んで五輪塔を寄進したということもありえるかもしれないと勝手な想像してみました。

  2. Juantonto より:

    SECRET: 0
    PASS:
    >jack77bettyさん
    コメントありがとうございました。
    五輪塔だけ柵で囲ってあったのが印象的でした。
    ところで、層塔横のルートが古道の続きだと
    思うのですが、出口が崩落してるみたいです。
    あの道ホントに惜しいです。

  3. jack77betty より:

    SECRET: 0
    PASS:
    ふぁんトントさん、おはようございます。お返事ありがとうございました。
    >正慶二年の記銘で、大和竜田村とあります。
    (ふぁんトントさん)
    奇しくも正慶二年(西暦1333年)は鎌倉幕府滅亡の年、中央政界にあっては激変のときだったわけですが、庶民の生活はそんなことににかかわりなく普段どおりの日常を過ごしていたということでしょうか。
    >ところで、層塔横のルートが古道の続きだと
    思うのですが、(ふぁんトントさん)
    私に断定する資格はありませんが、以前に庄兵衛道を試したとき、参考にした生駒市誌(1985年)では庄兵衛道については簡単な地図だけですが、別記の教弘寺の説明において庄兵衛道には「教弘寺の(門の前ではなく)本堂の前を通る」との記述がありましたので、ふぁんトントさんと同じく五輪塔の裏から入りました。
    さて、いよいよ鶴林寺から暗越大阪街道への区間が残ったわけですが、石仏の辻の主宰者Tさんがぶろぐでコメントされていますように、これもなかなか確定が難しいようですね。先に書きました生駒市誌の地図では大門の大福寺前を経由する道が示されていますが、今回出版されました「生駒の古道」では、チラッと見ただけですがこの区間だけルートが二本になっていたように記憶しています。

  4. Juantonto より:

    SECRET: 0
    PASS:
    >jack77bettyさん
    こんにちわ。コメントありがとうございます。
    正慶二年がそんな年だったとは、、、
    これまた、勉強不足でした。。。ハズカシィ。
    >さて、いよいよ鶴林寺から暗越大阪街道への区間が残ったわけですが、
    http://blog.goo.ne.jp/omine-no-kappa/m/201004
    大峰の河童
    2010年4月の記事に、この区間を歩かれているようです。
    それによると、石標②の遭った場所から南へ竹林を進み、
    西畑の墓地をへて国道へ出るようです。
    今現在歩ける状況かどうかはわかりません。
    国道から神田川(石原川?)にかかる堰堤へ出るには、
    3本の迂回路があります。
    「生駒の古道」では紹介されていないのですが、
    6/20の記事で紹介した方法が、最短ルートになります。
    このルート、生駒民俗会の方に教えていただきました。
    マーキングもありました。
    いずれにしても、古道は廃棄物処理場のあたりを通過
    していたらしく、消滅したみたいです。

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